歴史に見るすっぽん

小説やドラマ、漫画、映画など様々なジャンルで取り上げられた歴史上の物語として「項羽と劉邦(こううとりゅうほう)」という題材があります。「四面楚歌」は周囲がすべて敵や反対者で、まったく孤立して、助けや味方がいない孤立無援な様を表すことわざとして知られています。これは、項羽と劉邦の中で出てくる実話が元になっています。

項羽と劉邦は、項羽の楚軍と劉邦の漢軍の戦いの話です。長く続く因縁の戦いは、紀元前202年垓下の戦い(がいかのたたかい)において、楚群の項羽が死んだことにより決着がつきます。この戦いのさなか、優勢であった漢軍が楚群を包囲し、楚軍の指揮を落とすために、楚の歌を大合唱した事が四面楚歌の元となった逸話なのです。

この垓下の戦いの直前に、虞美人が項羽の為にスッポンと烏骨鶏のスープを作ったとされています。この料理は現在でも薬膳メニューの一つ「覇王別姫鍋 (はおうべっきなべ)」として知られています。

また、これよりもさらに前、紀元前1000年頃の中国の王朝(周)では、「鼈人」といわれるすっぽんを司る役職があったといわれており、すっぽんが歴史ある食材で、重宝されている事が分かります。日本においてもすっぽんは長らく食されており、江戸時代には庶民の料理として沢山の人に親しまれていました。少しずつ数が減少したこともあり、養殖が盛んになるまで、高級食材としての扱いを受けるようになったとのことです。宮中晩さん会にすっぽんのスープがふるまわれる事もあり、上品な食材としての地位はいまだに建材といえるでしょう。

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